『今井正通信』インタビュー
●歌うキネマの趙博(ちょう・ばく)氏インタビュー/『キクとイサム』をなぜ上演作品に選んだのか?●
■はじめに「歌うキネマ」と趙博氏について
七月に江東区の古石場文化センターで、今井正の展示会を開いてくださった係の方(野呂さん)から、同センターで開催された「歌うキネマ『キクとイサム』」というコンサートの券をいただきました。演じられたのは、趙博さんという在日韓国人の方でした。
歌うキネマとは、映画を語る芸のことで、一本の映画を最初から最後まで語りつくして映画の感動を再現します。映画のセリフはもちろん、その音楽も生の演奏や音響効果で表現します。亡くなったマルセ太郎が切り開いた『スクリーンのない映画館』という芸を、浪花生まれの在日韓国人ミユージシャン趙博さんが引き継がれたとのこと。趙博さんは、愛称、『唄う浪花の巨人・パギやん』。1956生まれで、高校生のころから、ギターを独習、フォーク、ジャズ、ブルース、ロック、朝鮮の古典民謡、日本の浪曲なども演じられるようです。趙氏は関西大学修士課程終了。大学や河合塾などの講師をしたのち、この道へ入られたようです。
コンサートに魅了された後、わくわくした気持ちでインタビューをさせて頂きました。
■『風の丘を越えて』や『砂の器』
--はじめて、このような芸を拝見し、たいへん感動しました。『キクとイサム』のほかにはどのような映画を演じられるのでしょう?
趙「韓国映画では、『風の丘を越えて』『神様こんにちは』。邦画では『砂の器』『ホタル』『パッチギ!』などですね」
--洋画は?
趙「『マルコムX』、それからこのごろ『スタンド・バイ・ミー』などもやるようになりました」
--映画を選ばれる基準ですが、テーマ性のほかに音楽的な要素も加味されるのでしょうか?
趙「そうですね。ピアノ演奏のほかに、私の歌唱も入りますので」
--『風の丘を越えて』ではパンソリを歌われるのでしょうが、今日演じられた『キクとイサム』の独唱も胸に響きました。あの歌はなんでしょうか?
趙「ひとつは、『ケ・セラ・セラ』もうひとつは『アメイジング・グレイス』です。ゴスペル(黒人霊歌)の名曲です」
--とても素晴らしい歌で、『キクとイサム』が現代に甦えったように感じました。ところで、他の映画の選択は、韓国に関連があったりでなんとなく分るのですが、『キクとイサム』を選ばれた理由はどういうところにあるのでしょうか?
趙「この映画は50年前につくられたものですが、今もそのテーマ性は光を失っていません。キクちゃんは、何度演じてもいとおしいです。人種とジェンダーの混合アスペクト(位置関係)を生きるキクちゃんの姿は、現代に何を照射するか?観客のみなさんに考えていただけたらと思います」
■「むこう(アメリカ)さ行っても差別はある、自由の天地はねえ」のセリフ
--1時間強の語りの中で訴えるべきことを二点、言葉で語っていらっしゃるのが印象的でした。
趙「隣のお兄さんの清村耕次さんが言う、『日本で生まれた子は、日本で責任を持って育てるべきだ。むこう(アメリカ)さ行っても差別はある、自由の天地はねえ』と、受け持ちの先生の荒木道子が言う『人間は誰でも、他の人にはないいいところを必ず一つはもってんだ』というところですね。これを、語りの中に入れたいと思ったのです」
--「おけぇこさま」を飼っているというのは、「松坂慶子さんを飼ってるわけではないのですよ」などと解説に笑いも入って楽しかったです。
趙「混血児を斡旋する役人のような役で、滝沢修や、新聞記者として、若き日の三国連太郎がでてきたりして、この映画は、キャストもすごいですね」
■マルセ太郎の『泥の河』
--マルセ太郎さんに私淑されたそうですが、マルセさんはどのような映画を演じられたのでしょうか?
趙「『泥の河』です。これは至芸です。そのほかに、『生きる』『ライムライト』などがあります」
--趙さんは、これらの作品には、挑戦なさらないのですか?
趙「とんでもない。師匠の芸を超えることは、できそうにありませんので。でも、いつかは…」
--大阪の西成区生まれとお聞きしましたが、大阪は生野区の方が在日の人が、多く住んでいらっしゃるのではないでしようか?鶴橋に、商店街もありますね。
趙「私が今、住んでいるのは生野区の猪飼野というところです。今、この町名はなくなってますが、<猪飼(甘)野>と言う地名は日本書紀にも書かれている由緒ある地名であり、仁徳帝のころには、朝鮮半島の百済から多くの渡来人が移住し、百済文化を伝承した地で<百済郡>という地名で呼ばれていました。12万の人口をもつ生野区には、在日韓国人、在日朝鮮人あわせて4万人ほど住んでいます。もう一つの<市>ですよね」
--これから、演じてみたいと思っていらっしゃる映画がありますか?
趙「浦山監督の『青春の門』かなぁ。」
■今井監督作品の遠近感が好き
--今井作品に『あれが港の灯だ』という作品があります。在日の青年が主入公です。良かったら、映画を観て、挑戦してみてください。
趙「その映画は、知りませんでした。ぜひ観てみたいと思います。」
--なにかひとこと、今井監督ファンにメッセージを。
趙「今井さんの遠近感が好きです。対象におもねるでもなく、つきはなすでもなく。画面に溢れる暖かさとセリフの理性は、現代にこそ必要ですね」
(インタビューと構成 佐藤文子)歌も語りも素晴らしく、英語の発音も美しく、その上、趙さんの眼は、引き込まれるように綺麗でした。ぽーっとなってしまって思うようにインタビューできず残念でした。これからのご活躍、心より期待します。
