日々の喜怒哀楽を綴ります。

広島日記(3)

1年半ぶりのカポネ。50の席が全部埋まりました。ここはもう、昭和31年の「安治川」沿いです(笑)。
「戦争はこりごりや言うといてやで、隣の国の戦争でゼニ儲けして、周りはどんどんどんどん立派になっていきよんのに、生きとっても、やっぱりスカみたいにしか生きられへんのんかいな、ワイら…」
「船底にへばり付くように、喜ちゃんのお母ちゃんの顔がありました。その顔に、重なるように青い入れ墨の背中が揺れている。対岸の虚ろな灯りが、光と影の縞模様を部屋の中に巡らせている…その間隙を縫って、母親の視線が信ちゃんを突き刺しました」--この二つのセリフの昇華が『泥の河』の命であり存在意義である、と私は思う。「マルセは人物の印象を観るものに残したが、趙さんは出来事の印象を刻印した」--道面雅量記者の評でした。皆さん、ありがとうございました!ではまた、15日に。

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