日々の喜怒哀楽を綴ります。

広島日記(4)

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福山で途中下車、韓国映画『息もできない』を観る。
原題は『똥파리(糞蠅)/ Breathless』。期待以上・以上・以上・以上の作品だ。ブームに乗りすぎた感のある韓国映画だが、本来の「らしさ」に我々を引き戻してくれた気がする。ソン・ガンホでも、ソル・ギョングでも、ましてやアン・ソンギでもない、ヤン・イクチュンという強烈な個性を目の当たりにして、僕は130分間、まさにbreathlessだった。ジェームス・ディーンの再来だと馬鹿な評を書いた奴がいたが(ほんまにアホやのう、タワケ!)別に喩えなくてもいいけど、敢えて喩えろと言われたら、僕なら「藤原喜明の皮を被ったショーケン」と言うな(笑)。ま、これはあくまで無理矢理だけど…。
暴力シーンの連続、最後まで「暴力と罵詈雑言」のオンパレード。そして、その<暴力と罵り>の一つ一つに意味があって、物語の縄が編まれていく。最初の30分ですべての因果関係を観客に解らせ、あとは「どうなる、どうする、え?それで…」と引き込まれたまま、壮絶な最後へ。映画は「死」で終わるのだが、その填め込み方が憎い!観客は、否が応でも血まみれの主人公・サンフン(頭[カシラ]格のヤクザ)の顔を凝視せざるを得ない--実に効果的な、映画ならではの演出である。
DV、ベトナム帰還兵の精神疾患、ヤクザの横行…民主化以降の韓国社会が抱える、いわば「社会の病い」の根っこに暴力の連鎖が渦巻いていること、また、その渦の中でも果敢に生きようとする「女子高校生」「チンピラ」「ニート」「シングルマザー」たちの生活が、どれほど過酷な背景に彩られているかを、映画は「暴力と罵詈雑言」で描いていく。暴力の連鎖を一瞬でも断ち切るのは「やめて、殴らないで!母ちゃんが死んじゃうよ」という子供の泣き叫ぶ声と「女」の意気地。サンフンはそれを垣間見て、感じ取ってしまったが故に殺されてしまう。
本作品に対して「愛憎劇」だの「はやり幼少体験の繰り返しが」などというベタな切り口と駄評論は通用しないだろう。かく言う自分も、製作・監督・脚本・主演・編集を全て担ったヤン・イクチュンの生き様そのものがあふれ出た秀作であり上出来である、としか今は言えない。もう一度観て、再度論じるべし。

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林美春 Mail 2010年09月15日21時18分 編集・削除

凄い映画でした。豊川から岐阜まで行った甲斐がありました。今の世の中犯罪は犯さないけれどやさしさや思いやりに欠ける人が多いですがこんなに暴力的なサンフンに底知れぬ優しさを感じてしました。
パギやん教えてくれてサンキューです。

パギやん 2010年09月16日10時33分 編集・削除

ひぇ~ 岐阜まで行ったですか!!
この映画、サンフンが死んでからの、最後の最後が怖いよね、実は… How breathless a world we are in!

那須圭子 Mail 2010年11月08日15時22分 編集・削除

6月に広島で見て、はまりました。会う人みんなに「すっごくよかった~」と言うのに、みんな「そんな映画、知らん」と。パギさんが見ていたとは!
基本の筋自体は昔からある気もしますが、「この映画をなんとしても作りたくて、家まで売った」というヤン・イクチュンの執念と、もともとの彼の魅力がここまでの傑作にしたのかな。今までに見た韓国映画20本ほどの中で、ダントツ1位です。ちなみに今のところの2位は「悪い男」。